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2/03/2012

02/04/2012 僕と私

一人称を職場では「私」と呼んでいます。

お客様とお話しする機会もあるし、どこかで話していても失礼に当たらない言い回しだから便利です。
社会人になって15年以上経ちますが、どの位からそう呼ぶようになったのか忘れてしまいました。

子供の頃は「俺」なんて呼んでいたように思いますが、それは友達同士の間でのみ使われた一人称の差し方でした。
子供ができてからは「パパ」、「お父さん」にもなったりします。
最近あまり聞かなくなったように思いますが、男性の場合「儂」と呼ぶ人もいましたね。頑固親父っぽいです。

やはりしっくりくるのは「僕」なのだと最近ふと思いました。
一人で本を読んでいるとき、考え事をしているときには「僕」と一人称で呼んでいました。
あまり使わなくなった「僕」という呼称ですが、内向きに自分を呼ぶときだけではなく、外向きにももう少し自然に使ってみようと思います。
でも、妻くらいしか思い浮かばないのですけれどね。

11/27/2011

11/27/2011 日付表示の方法

Bloggerは自由度の高いブログという風に思います。もともとグーグルで稼いでいるので、画面のあちこちに宣伝も入りませんし、シンプルなデザインを気に入っています。
最近、ブログの表示方法が新しいものになっていましたので、早速乗り換えてみました。写真がメインになったり、投稿準に並べられたり。なかなか興味深いのでこのスタイルで行こうと思います。

一つだけ気になるのは、デザインによっては日付が表示されなくなるものがあることです。古いのかもしれませんが、時系列で自分の記録を眺めたいので、日付が出るものでも順番に並べたくなります。
そこで、2011年の記事には日付をタイトルに入れました。これで投稿順=日付順となりました。
嬉しくも本ページをご覧頂いている方の中には不自然なタイトルが出てくるかと思いますが、このような理由です。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

4/28/2010

作家になろう

Intelも面白い事をするものである。
作家になろう、と題してウェブ上でたくさんの小説やらエッセイやらを公開しているのであった。
特に作家希望ではないし、文章を正しく学んだ事もないので、文才がある方だとは思わないが、何でも賞品がある、というので書いてみた。

普段気になっていることはどこかにメモをするようにしているのだけれども、これをもう少し掘り下げて、見開き2ページくらいのエッセイにしてみた。4つほどの文章を書いてみたが、どれもいまいち。中にはこのブログの中で取り上げたものもある。どのくらいこのキャンペーンが続くのか分からないが、ある限りは、そしてネタを思いつく限りはエッセイを書いてみようと思う。

きっかけは椎名誠氏の赤マントシリーズで、快活な楽しいものが書けると、御本人はそうも思っていらっしゃらないのかもしれないが、きっと自分も楽しいだろうな、と思い書き始めてみた。

ご興味ある方はこちらまで。
個人的思考/藤村悟史著
携帯版はこちら

1/13/2010

遺伝子の役割

生物はすべてが遺伝子に書かれた情報を基に活動している。
昆虫が変態するのも、哺乳類が子育てするもの遺伝子情報に由来するものが多いと考えられる。
単純な生態構造を持つものほどこの傾向が強く、脊椎動物よりも無脊椎動物の方が、より機械的に遺伝子情報を再現しているように感じる。

この観点から、生物を一種のナノマシーンと解釈することは面白い見解だ。
インプットされたプログラム=遺伝子情報は正確に実行される。
これにより生物は食物連鎖を繰り返し、あるものは淘汰され、あるものは種を反映させることが出来るのである。

すべての生物がそのプログラムを正確に、着実に実行しているとするならば、それはヒトにも当てはまることになる。
ヒトに与えられたプログラム、遺伝子情報=地球での役割とは何なのか。
ある程度は歴史から学ぶことが可能か。

大きく分けて二つの流れがあるように思う。
一つは戦争。いつの時代も、人類は争い続けている。自己淘汰。子孫を繁栄させながらも、ヒト自身が数を減らそうとする矛盾した営み。権利、正義などさまざまな言葉をまとっているが、結局は争いの手段に過ぎない。

ただし、群れをなす動物にも権力争いは存在する。戦争がこれに相当するかどうか。進化した権力争い、と言えなくもない。

もう一つは、エレメントの凝縮。もしくは凝縮されたものの発掘。さまざまな宝石、金、銀を使った装飾品は古代から存在する。錬金術しかり。
原油、鉱物資源から純粋なエレメントを抽出して、凝縮する。あるものは装飾品として使われ、あるものはエネルギーとして使われる。
発明、発見はその手段であり、自然に展開するエレメントを凝縮する方向とは逆の方向でこれらが行われることは稀である。

それでは、何のために遺伝子は存在するのか、誰のためにヒトは自己淘汰し、エレメントを凝縮し続けるのか。